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はじめに
ツツガムシ病はダニの幼虫「ツツガムシ」に刺されることで感染・発病する人畜共通感染症です。
ダニの一種「ツツガムシ」は今では北海道を除く全国に生息しています。
ツツガムシ病は人から人へは原則として伝染しませんが、重症化すると死に至ることもあります。
興味深いことに、
このツツガムシ病は飛鳥時代の遣隋使だった小野妹子と関連がある病気です。
この記事ではツツガムシ病の診断と治療・予防法などについて解説しています。
「恙(つつが)なきや」・・・
「恙なきや」は607年に遣隋使の小野妹子が隋の煬帝に送った国書中の言葉です。 「恙なきや」とは今風に言えば 「お元気ですか」(中国語「ニーハオ(你好)」 「Hello」(英語) 「ハイサイ」(琉球方言)という意味です。
「つつがなきや」と言うフレーズは古くから手紙の冒頭挨拶として広く使われてきました。
この「つつが」は漢字では「恙」と表記し、病気などの災難を表しています。
従って、「つつが(恙)ない」とは病気などがなく健康で無事である様を表現する言葉です。
「つつがなく暮らす」「つつがなく終えた」などのように、
「何事もなく、無事に」とのニュアンスで使われる格式高く由緒あるフレーズです。
中国の「煬帝皇帝(隋)」を激怒させた有名な言葉
『隋書』(二十四史の第13番目中国史隋代を扱った歴史書)「卷八十一 列傳第四十六 東夷 俀國」に
「日出處天子致書日沒處天子無恙云云」との文言が出てきます。
日本の推古天皇が隋の皇帝煬帝に「遣隋使・小野妹子」の手により送った国書中の一節です。
煬帝の大業三年(607年)に日本の推古天皇から送られた国書を見た煬帝は激怒しました。
煬帝が激怒したのは「恙なしや」ではなく、中国を「日が沈む国」と呼んだことでした。
はっきり言ってこの書き出しは稚拙で推古天皇の文章力には疑問が残ります。
女帝の推古天皇は男性の皇帝煬帝がプライドの塊であることを理解しておくべきでした。
文面をもう少し「推敲(推古に掛けている?)」すべきだったでしょうね。
日本の歴史書『日本書紀』にも推古天皇の時代に遣隋使の小野妹子が国書を携えて中国に渡航したことが記録されています。
このように、中国の「隋書」と日本の「日本書紀」双方に同じような整合性ある記述があることからこの出来事はフィクションではないことが分かります。
小野妹子とはどんな人?
小野妹子(おののいもこ:生没年不詳)は飛鳥時代の日中文化交流に大きな貢献をした外交官です。
歴とした男性であり一部の人が誤解しているような女性ではありません。
小野妹子は607年に第1回遣隋使に選ばれました。
当時の中国を治めていた髄に派遣されると皇帝煬帝に推古天皇からの国書を献上しました。
中国の文化や技術を学んだ後は、日本国内で大徳の位につき朝廷の顧問として活躍しました。
前置きが長くなりましたが、
この曰く付きの「つつがなしや」という言葉から生まれた医学用語が「ツツガムシ病」です。
この病気は一体どんな病気なのでしょうか?
「ツツガムシ病」について
つつが虫病は病原体の「オリエンチア・ツツガムシ(旧名リケッチア・ツツガムシ)」を保有した「ダニの幼虫」に刺されて起こる病気です。
この「ダニの幼虫」の名をツツガムシといいます。
「ツツガムシ病」は全国で毎年400~500名ほどの患者報告があり毎年数名の死亡例があります。
ツツガムシは河川敷や草地、雑木林、芝、野山などに棲息します。
ツツガムシ類にはアカツツガムシ・タテツツガムシ、フトゲツツガムシなどがいます。
ツツガムシは幼虫の時期にのみ、野ネズミや人などの体表に寄生(吸着)して組織液を吸います。
充分に吸った後は体表から離れて再び土中にもどります。
下図のような刺し傷があります。
ツツガムシ病はダニによって媒介される病気です。
人から人に直接伝染する病気ではありません。
尤も、ダニにまみれた生活を送っている人の皮膚に着いたダニから感染することはあるかも知れませんが・・・
一般家屋内にも多くのダニがいてアレルギーなどを引き起こしていますが、
ジャングルのような家屋敷でもない限り、ツツガムシは普通の家屋内には生息していません。
また、全てのツツガムシが病原体を持っているわけではありません。
風土病から現代病へ
かつて「ツツガムシ病」は東北・北陸地方(新潟県、山形県、秋田県など)の河川下流域で夏季に多く発生する風土病でした。
もしかしたら、小野妹子の親族などにも発病した人がいたかも知れません。
伊豆七島の「七島熱」、房総半島の「二十日熱」、高知の「ほっぱん」などの風土病も研究の結果、
ツツガムシ病の一種であることが判明しています。
日本国内では1945年以降、新型ツツガムシ病の出現により北海道を除く全地域から患者が報告されています。
沖縄県では2008年に初めて患者が報告されています。
近年の異常気象などによって、北海道でも「ツツガムシ病」の発生が報告されるのは時間の問題でしょう。
ツツガムシ病は日本国外でも南アジア、東南アジア、オーストラリア北部、朝鮮半島、カムチャッカ半島などでも散発される病気です。
要するにツツガムシが生息する地域ではこのダニに刺されると発症する危険性があると言うことです。
ツツガムシ病は「Japanese river fever」などと呼ばれることもありますが、
tsutsugamushi disease「ツツガムシ病」が正式な病名として世界中で認可されています。
感染症法における取り扱い(2012年7月更新)
「ツツガムシ病」は全数報告対象(4類感染症)です。
診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出る義務があります。
ツツガムシの生態
ツツガムシはダニ目ツツガムシ科のダニの総称です。
ツツガムシ科に属するダニ類は日本では約100種が報告されています。
ツツガムシの大きさは成虫でも1㎜以下と非常に小さく、
幼虫は0.2㎜以下とさらに小さいので肉眼では確認できません。
目に見えないサイズの害虫になってくるのでかなり厄介ですね。
そのため以下のような知識をしっかりと把握しておくべきです(図1参照)
- つつが虫病リケッチアはツツガムシの幼虫によって媒介されます
- ツツガムシの幼虫は秋~初冬に孵化します。
- 地面や地面すれすれの植生の上で吸血源の動物が近くに来るのを待ち伏せして, しがみついたりよじ登ったりします。
- その後,吸着しやすい場所を探して体表面を移動して吸着し脱落します。
- 幼虫が多い場所では何百匹も長靴をよじ登ってくる姿が観察できたりしますが, あまりにも小さいため,注意深く観察しない限りまず気付きません
- すべてのツツガムシがリケッチアを持っていて有害なわけではありません。 リケッチアはメス親から卵に移行して子孫に受け継がれるので, リケッチアを持つ系統のダニだけが有害ということになります
藪漕ぎに注意
藪漕ぎ(やぶこぎ)とは登山やトレッキングでよく使われる言葉で、
道のない藪の中を木の枝やササなどをかき分けて進むことです。
藪漕ぎをする時は、足元に注意し蛇や毒虫に注意する必要があります。
藪漕ぎは体力と忍耐力を必要とする作業ですが服装にも注意が必要です。
長袖のシャツやジーンズを着用し、長靴やブーツを履くことで、怪我や虫刺されを防ぐことができます。
藪漕ぎは、山や森の自然を間近に感じることができる体験です。
藪漕ぎをするときは、自然を尊重し、環境に配慮して行うようにしましょう。
「ツツガムシ病」はヒトが作業、レジャーなどの活動の際、
病原体を保有するツツガムシの生息場所に立ち入り、刺咬されることで感染します。
自然が豊かな地域では自宅周辺で刺咬されて感染することもありえるでしょう。
ツツガムシ病の予防は?
ツツガムシ病の予防には「ツツガムシ」に刺されないようにすることが大切です。
ツツガムシ病の予防法は以下の通りです。
① ツツガムシの生息場所(河川敷など)に不要に立ち入らない。
② 立ち入らざるを得ない場合は長袖・長ズボンを着用し、虫よけスプレーを使用する。
③ ツツガムシに刺された場合はすぐに病院を受診することが大切です。
ツツガムシ病の症状・治療は?
ツツガムシ病に感染し重症化すると意識障害やショック状態に陥り死に至ることもあります。
主な症状は以下の通りです。
- 刺された局所に特有の刺口(かい瘍)を生じる
- 39度以上の高熱
- 皮膚の発疹
- リンパ節が腫れる(特に刺口局部近くのものが多い)
とりわけ「刺し口」「発熱」「発疹」は主要3徴候と呼ばれ90%以上の患者にみられます。
また、患者の多くは倦怠感、頭痛を伴います。
ツツガムシに刺されてから発病するまでに5~14日の潜伏期間があります。
そのため、山林や草地に立ち入ってから1~2週間くらいで高熱が出てくるなど、
上記の症状があったら直ちに医師の診察を受ける必要があります。
その際、これらの場所に立ち入ったことを医師に伝えることが早期診断のうえで重要となります。
治療はテトラサイクリンなどの抗生物質が有効です。
早期診断・早期治療すれば、基礎疾患のない患者なら後遺症もなく治癒が期待できるでしょう。
確定診断(病原診断)
確定診断は主に間接蛍光抗体法、および免疫ペルオキシダーゼ法による血清診断で行われます。 診断用抗原にはKato 、Karp 、およびGilliam の標準型に加えて、Kuroki 、およびKawsaki 型を用いることが推奨されています。 ワイル・フェリックス反応も有用です。
ワイル・フェリックス反応は、リケッチア感染症の診断に用いられる血清学的検査法です。
リケッチアはダニやノミなどの媒介動物によって媒介される細菌です。
ワイル・フェリックス反応では、患者の血清にリケッチア抗原を混ぜて凝集反応を調べます。
凝集反応が起こればリケッチア感染症の可能性があります。
ワイル・フェリックス反応は、リケッチア感染症の診断に広く用いられていますが、
100%の精度はありません。
他の病気でもワイル・フェリックス反応が陽性になることがあるため、
他の検査と併用して診断する必要があります。
おわりに
日本的な名前の付いた「ツツガムシ病」について解説しました。
この病気は「ツツガムシ」というダニの幼虫によって引き起こされるものです。
ヒトからヒトには直接伝播せず、患者と話したり握手したりする程度の接触では感染しません。
早期発見・早期治療すれば殆ど後遺症もなく治癒することが期待できます。
では皆様、
難しい時代ですが、これからも「恙なく(つつがなく)」お過ごしください。